お気持ち練習帳

気持ちの整理や数学等の書きたいことを書きます

【読書記録】「自分の意見」ってどうつくるの? 哲学講師が教える超ロジカル思考術

何の本読んだの?

Twitterで見かけた際、タイトルで気になり著者の専門がシモーヌ・ヴェイユというのが決め手で購入しました。シモーヌ・ヴェイユの兄であるアンドレ・ヴェイユは数学者で、修士では彼の本を読んでたので凄いつながりを感じました。紙の書籍を予約注文したのですが今Amazonのページを見たら電子書籍もありました...後から電子書籍が追加されることがあるんですね...電子が良かった...

タイトルが気になった理由は、私は昔から自分の意見を持ててないと感じてます。ただ、全く意見がないのではなく、特定領域で意見を持てないことがあり、仕事やプライベートで困ったりもやもやする場面がありました。例えば、分析結果から次の行動(追加分析をするのか、事業側に施策提案をするのか等)を考えることが苦手で、仕事の進みが遅かったり、自分の精神衛生上よろしくありませんでした。タイトルを見たとき、意見の持ち方ではなく、意見の作り方と書いてあったので、意見を持っていなくても作れるようになるのではと思い購入しました。

感想とか

この本では自分の意見をつくるために、5つのステップを用意しています。

  1. 問いを立てる(旗を立てる)
  2. 言葉を定義する(ダイヤルを合わせる)
  3. 物事を疑う(頭のなかに余白をつくる)
  4. 考えを深める(思考の海に潜る)
  5. 自分の答えを出す(立場を選び取る)

この中では、言葉を定義する・物事を疑うは普段からやっていることでした。

言葉を定義する

言葉を定義することは、自分と対話相手で使用している言葉・単語の意味の認識を揃えることです。数学をやっていたときは用語の定義が正確に理解できないと、証明がすぐにわからなくなるので気をつけていました。また、仕事を始めてからは5W1Hが複雑で相手と認識がずれやすいので、いつも気をつけて認識を揃えるようにしています。

物事を疑う

疑うことは、数学とtwitterで鍛えられました。数学書や論文を理解しながら読むには、1行1行が本当に正しいのかを理解しながら読み進める必要があります。時には、1行を理解するのに数日かけたりすることもあります。また、twitterでは日々様々な人が自分の意見を述べて、その反論や炎上・誹謗中傷などが巻き起こっています。それらを追う際に、その意見の論理は問題ないのか、前提条件は事実なのかなどが信用出来ないことが多いため、自分で正しいのか考えたり調査することで疑いながら確認をしていました。

ただ、本で紹介していた3つの視点の内、正当性を疑うことは前述の内容から元々行っていましたが、その他の2つはあまり意識できていないことだったので、これからその視点を持ちながら鍛えていきたいと思っています。

 

逆に、それ以外の3つは普段やれてなかったり、苦手なことです。

問いを立てる

本を読んでいて問いを立てるのは、いわゆる仮説思考みたいな印象を持ちました。荒野で小さな砂粒(意見)を探すのは難しいので、方角だけ決めて進もうみたいなイメージ。昔から自分は問いを立てることが苦手でした。研究や仕事では網羅的に考えてから、先に進めようとすることが多く初速が遅いです。なので、本で質問リストを紹介してたのは非常に良かったです。ある意味、質問リストを旗にしてそこから先の問いを立てていけばいいので。これはまじで鍛えていきたい。

考えを深める

聞き覚えはあるけど、弁証法はきちんとやったことなかった。ただ、〇〇さんならこういう反論言うだろうな。だから、その2つを解消するにはどうすればいいかなみたいな思考をたまーにするので、やったことはあるかも。どちらにせよ苦手ではある。また、複数視点からの掘り下げはたしかにやるべきと思うけど、いざってときにはやれていないことが多いので反省...複数視点については、それ自体が問いを立てることと似ているなと思った。なぜなら、考える対象によって考えるべき視点も異なることがあるため、どの視点で考えるかの旗を立ててから考えを深めることがあると思っているため。

自分の答えを出す

答えを出すというのが、一番自分にはできないことです。理由は選択して間違うことが怖いからです。なぜ怖いかの原因は、いくつかあると思っています。第一に、数学をやっていた際は(最終的には)"数学的な唯一の正しさ"のようなものを目指していたからです。自分がやっていたときの大半は、数学的な主張は正しいか正しくないかのどちらかで、複数の異なる意見を考えることは少なかったです。また、twitterで他人同士の議論を見て、大抵の意見には一定の理がある部分とない部分の両方があるように見えました。間違った意見はできるなら持ちたくないと思っていたので、どの意見も間違いがあるなら意見持てないじゃんみたいな状態に陥りがちになりました。

ただ、この章を読んだときに「相手に配慮しすぎる必要はない」「自分の意見はその時点での意見でしかない」が書かれていたのはある種の救いでした。ただ、それをわかった上でも怖いなと思うため、どうしたらいいんだろという気持ちになっています。まあ、ここ1年くらい仕事の方で意見を出せるようになってきているので、時間が解決してくれるかもしれない。

またこの章にあった、結論は断言しようというのはあまりやりたくないと考えている。議論に参加する全員が、断言するという共通認識を持てていると確信しているならばやってもいいと思う。確信できないのならば、断言することはある種の"呪い"に繋がりかねないと考えるため避けておきたい。ただまあ、これも自分の意見であり、この意見があること自体はこの本は否定していないのかもしれない。

 

全体の感想としては、自分が想定していた本とは少し違っていました。思ったより分析をして考えを深めていきましょうという感じだったため。最後の自分の答えを出す部分は、すごい苦手で怖いのですが他の人の考えを聞けるのはかなりの価値がありました。